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家庭教師、やります

 投稿者:管理人  投稿日:2010年10月 1日(金)14時32分32秒
返信・引用
   10月になって、受験生はそろそろ本腰を入れなくてはなりませんね。

 どうやって勉強するか、まだ根本的なところがわからない、あるいは、解答してもいい点をとれない、などの人はいませんか?

 塾・予備校などの講師が、ていねいにわかりやすく指導します。

 教える教科 高校生・大学受験生の国語(現代文・古文・漢文・小論文)
 当方は、駿台・東進・武蔵などの予備校講師
 (入試解答・解説歴25年。大手模試作成。参考書類多数)

 その他 中学生・小学生も同僚が教えます。
 週1~2回、1回2~3時間の予定ですが、すべて相談に応じます(曜日変更も可)
 授業料は業界相場より安いです(家庭教師センター経由でないため)。

                  ご連絡は電話か、メールで。群系学習会
 電話:050-3045-7517 PCメール gunnkei@w8.dion.ne.jp

対象:小学生→全教科
    中学生→
 
 

成田スカイアクセスで、千葉NTは

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 7月24日(土)02時19分29秒
返信・引用 編集済
   7月17日、つまり先週の土曜日、成田スカイアクセスが開通した。いままでの京成のスカイライナーだと50分かかっていたのが、37分に短縮された。これは単に空港への利便性がよくなったばかりでない。なによりも北総線沿線、つまり千葉ニュータウンの利便性と潜在価値力がぐっとあがったのである。

 そもそも千葉NTは多摩ニュータウンと比較すると、圧倒的劣位であった。何せ、多摩NTには、小田急と京王線とがともに乗り入れて、「多摩センター」という共同のステーションがあるのだ。それに比して、千葉NTには、京成の関連会社?北総線1本である。それで都心とはどうつながっているかというと、日暮里・上野方面と、もう一つは地下鉄といっても、一番ダメ?な浅草線で、「日本橋」直通とかいうが、銀座線や東西線の日本橋とはちょっと離れている。また銀座は通らず、「東銀座」!だし、よくて「新橋」だ。
新宿につながる、小田急と京王とでは、比較にもならない。

 さらに多摩NTのほうは、多摩センターをさらにもう一つの幹線「多摩モノレール」が通って、立川方面の利便性もだいぶ前からよくなっている(小生も、国文資料館に行った時、乗ってみたが、すごく見晴らしがよく、安定性がある。千葉市内のモノレールなど、へ、でもないーちなみに、同線は全国でも珍しい懸垂型である。視界も悪くなるし、工費も安いと思えないし、いざ自己というとき、避難がたいへん。誰が考えたのか→三菱重工(の誰?)。昔「多摩の格差」といわれたが、千葉・埼玉に比べりゃ、全然いい。

 さらに、「サンリオ」の劇場もあるし、近くに多摩動物園、高尾山も近い。そして京王線は(今人気の)橋本にもつながり、横浜線と連絡している。

 それに比べ、千葉NTは近くには何もない。房総の平ったい土地柄であるから、あるのは野原と青空だけだ。彼我の差は圧倒的だ(それに、もっと住民には不平なのは、日本一高いといわれる北総線の運賃だろう)。

 そうした中で、せめて成田空港とむすんでくれれば、乗客も増え、運行電車数も増え、そのうち運賃の値下げもありえるだろう、ということで、このたびの、「スカイアクセス」は住民の悲願だった。


 だが、このところ、こうした千葉・埼玉・東京下町に「光」を当てる措置がだいぶ取られつつある。
 すなわち、スカイアクセス(北総線の成田空港延長)の前には、つくばエクスプレスが開通した。(この両線の最高スピードは時速160キロで、在来線では最高、と聞いている)。この筑波エクスプレスは、文字通り、東京下町・埼玉・千葉、そして東路の道の果て常陸(更級日記)の茨城にまで通じているのだ。
 「光は西へ」、というかつての新幹線博多開通のキャンペーンではないが、「光は牛寅の方向へ」-昔陰陽道で忌まれていた東北方向に、光は射したのである(この「ウシトラ」を嫌うのは、日本列島自体が西南から東北に伸びる、弓なりの形状であることから、〝意味がない〟という人も最近多い)。

 ところで、その下町にはもう一つ交通システムが近年、開通した。陸の孤島と言われた足立区の西を通る「日暮里・舎人線」である。名前の通り、埼玉県に近い舎人地域から、山手線の日暮里まで通る、ま、「ゆりかもめ」のような新軌条の電車だ。一度乗ったが、見晴らしがよくて軽快。ひたすら北へまっすぐなのも気持ちいい。終点間際の「舎人公園」は、葛飾区の「水元公園」とならんで、23区では最大級の広さの公園だ。池があって水鳥もいて、ふいと、明治初期の上野公園・不忍池を想起したことであった。

 そもそも足立区は、真ん中に一本東武伊勢崎線(このダサイ名前。が哀惜)しかなかった。扇を開いたその根元の北千住駅から区内を通るこの東武線はなぜか蛇行して、まっすぐ走ってない。これが前から利用者である当方なんかも昔から不満だった。曲がっているから、余計な回り道をして、余計な時間・運賃を取られる。(その点、皆が憧れる中央線はまっすぐ走っている。東急線や、井の頭線は魅力的な土地を走ってムダがない。一度渋谷から横浜乗った時、その運賃の安さに驚いたことがある。それに比べ、東武や京成は、ダサイくせに、料金も高い)。

 だが、そんな足立区に近年、二つも幹線が加わったことになる。すなわち、「つくばエクスプレス」と「日暮里・舎人線」である。区の南部をほんのすこしだがかすめる常磐線・千代田線も入れると、足立区は、陸の孤島ではなくなった。

 それになんと驚いたことに、大学が三つも近年、新設されるのだ。まず、北千住に芸大の音楽学部、同駅東口には東京電機大学、そして葛飾区金町には、東京理科大学のキャンパスが出来る。
 私どもが若かったころ、「下町には大学もないな」と嘆いていた(同じく、下町には本屋もなかった。唯一、上の丸井の横にあった書店はエロ本屋だったー。いまは、上野駅が大改良されて出来たが)。

 そして、下町最大の〝光の降臨〟は、なんといっても、東京スカイツリーの誕生である。来年末開業の、世界一の塔である。これがよりによって、東武の駅、それもさえない場末の駅だった「業平橋」駅近くに出来る(京成の「押上」とのあいだだ)。このプロジェクトの別名は「Rising East」、すなわち、「上りあがる下町」、である。

 東京山の手といっても、道路は狭いわ、消防車もはいれない路地も多い。また、広い土地がないものだから、新規に何かをつくるのはむずかしい。国で言えば、developedされた地域である。これからはdeveloping countryの時代といわれるように、千葉・埼玉・下町の時代ではないか(その魁が、TDLであり、幕張であり、京葉線だった)。

http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs?

 

千葉・埼玉・東京下町ーあまりに月並みな地域

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 7月22日(木)01時19分23秒
返信・引用
   いあや、暑かったですなあ、今日は。東京でも最高気温36度だったというから、もう体温じゃないですか。いつも夏の、この暑い照り返しを見て思うんですが、なんとかこれを有効利用できないか、と。むろん「太陽発電」はできますが、そんなのは「持家」の、「お金持ち」相手でしかありません。

 「太陽熱」発電よりも、「風力発電」の方が合理的だ、と前日TVでやってました。太陽熱は、昼の、特に夏の昼は最大利用できますが、夜がダメ。また、冬の午前中も弱いそうな。その点、「風」だと強弱はあるものの、年がら年中、吹いている。これに注目したベンチャービジネスが、くにから補助金を得て、家庭用風力発電の普及をめざして研究開発しているそうな。ぜひ、頑張ってやってもらいたい(「風力」も結局は「太陽」が本ですね)。

 さて、理科系の研究は、社会への便宜供与、役に立っているが、文科系もなんのその、やくだっているんですよ~。「文学」は一見、そのへんのオバサン、オジサンに関係ないようやけど、よく考えると、日々何かを考えて暮らしている。「ああ、きょうでカネ、給料日までないナ」「げ、いま通りすがりの女、すごくいくない」「あ~、もう五年わかくなりたいわ、うち」-と、なんで関西弁か、わkりましょへんにゃろ。じおつはうちのお父ちゃんもkぁちゃんも、関西のうまれだす(、京都弁か)。

 しかし、小生らは幼いころから関東、それも東京の「周辺」を経めぐって生きてきた。関西の幾つかの県なら情緒もあるが、千葉・埼玉・東京下町では、これといって、言葉もおもしろさもない(「おいら」というのかな、下町だと、たけしなど見ていると)。

 小生の小学校は市川の八幡小学校といって、上品な女の子も多かった(バカもたまにいたが)。それが、5年で転向して行った、埼玉の東にある小学校は、全然レベルが低かった。皆マンガを読んでいるし(前の市川では、アンデルセンやエジソンの伝記、ガリバー旅行記などだった)、先生も教え方も下手だった。相対的にわしや、その弟も「学級委員」になり、卒業すると、「東京」の学校へ〝越境入学〟だった。その頃は、開成や麻布行くよりも、都立の日比谷、西、戸山、小石川(鳩山・小沢の母校)、両国(芥川・堀辰雄の母校)へ秀才たちは行った。小生は怠けて、足立区内の高校へ行った(でも、たけしや、鴨下一郎も出た。学校群を組んだ江北高校は磯田光一も出たー敬愛する文芸評論家)。

 で、何のはなしかというと、「平凡」「月並み」「ふつう」ということでいくと、この「千葉・埼玉・東京下町」ほど、それにふさわしいのはない。その反対概念は「山の手」であるが、この語が本来意味するのは、今の東京でも港区とその周囲だ(荷風の変奇館があったあたり)、それが徐々に広げられ、多分大正・昭和で郊外電車が出来て、世田谷・杉並まで、その外延が延長された(いま、ふつうに「山の手」といわれる地域)。いまは、第3の山の手と言われる地域がその周囲に広がり、あざみ野、とか、新百合ヶ丘など、東急田園都市線あたりも、そのようにいわれる。

 東京下町は、磯田光一が『思想としての東京』で言ってたように、いわば、〝生粋の江戸っ子〟が住んでいたわけだが(東京市15区の頃、明治22年から、35区になる昭和7年の直前まで)、その区域は京橋区・日本橋区・下谷区・浅草区・本所区(今の墨田区)、そして深川区(今の江東区の西半分)、小生の住む〝大島〟なんてのは、江戸時代は「大島村」で、昭和7年に35区に膨張拡大したとき「城東区」という名前をもらったが(両国高校に次ぐ、学区二位の進学校・城東高校は、しかし、昭和最後に作られた新設校である)、明治・大正・昭和はm古地図で見ると、肥料工場、カーバイト置き場など、ろくでもなかった。昭和50年代に都営地下鉄新宿線が開通して、それからやたらマンションが出来たのだろう。でも、せめて、芥川・堀辰雄が、生まれ育ったところ、じっくり調べてもみたい。亀戸や錦糸町駅(昔の本所駅)周辺は、案外おもしろいのだ。

 疲れたので、突然、終わります。
 さて、消えないで「投稿」されるかー。

http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs?

 

大韓航空機爆破事件の背後に日仏の連帯

 投稿者:市民  投稿日:2010年 7月16日(金)03時15分15秒
返信・引用
  http://park.geocities.jp/jpcdebate/0203/p031.html#page202

大韓航空機の墜落事件のほとんどに、日本の陰謀がある。
 

創作を読む

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 7月10日(土)00時47分35秒
返信・引用
   ここのところ、入試問題の解説・校閲の仕事が入ってきており、同人誌の小説を読むのと重なっている。当方としては、ヒマであるより、課せられた〝仕事〟がある方のが充実するのでこれ自体、負担ではない。電車の中やその他で読むと、調子いいときははかが行く。

 「読む」ということは長年、予備校で現代文・古文ともやっていたので、むしろ〝楽しい〟(は言い過ぎか)、充実感がある。入試問題で解答が付き合わせできるもので、それなりに「正解」が多いと今更ながら、うんよかった、と思う(ちなみに、われわれでも90%正解すればいい方で、もう一人の解答者と違った部分は電話や対面で議論する)。

 校閲者、というのは、作成者以上に目を配るべきものです。

 さて、小説はほんとにいろいろあって、「創作評」なるものをいかにまとめるか、いまから考慮中です。(小生も、以前、時事通信配信の新聞書評をやっていたときがあって、地方の予備校からの帰りの特急の車内で当該の本を読んでやってましたが、あの頃はまだ〝本業〟が忙しく、とうとう書評原稿、間に合わなくなってしまって、そのうち〝クビ〟になりました)。

 下に掲げた「関東同人誌交流会」の掲示板にあげた同人誌(中には、前から知っているのもありました。「カプリチョ」さんや、「群青」さん、最初に掲出の「かいだん」「全作家」などは有名でしょう)の中から、現代文学の傑作として、これから取りあげられていくものがあれば、と思っています。

http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs?

 

「1Q84」読みたい④

 投稿者:IQ48  投稿日:2010年 7月 3日(土)00時58分59秒
返信・引用
  「1Q84」の予約順位、前回の559番から539番にさらに出世。着実に階梯を上っている。ところでこれほど待って読まれる作品なら、同じ作家の他の作品もよほど読まれていよう。漱石のある作品に感動した。当然、他の作品も読んでみたくなる。そうやって、一気にとまではいかないが、こつこつ読んできた。村上春樹なら、この間の「海辺のカフカ」などまた読まれ出しているのでは。といっても「1Q84」の半分の半分、せいぜい100番台か。でもこの間流行ったばかりだから、またその半分の50番くらいと見込む。さて、図書館の予約状況をネットで見る。「海辺のカフカ」は単行本と文庫本で、(上)15冊所蔵。うち6冊貸し出し中。予約0。(下)は13冊所蔵。貸し出し中5冊。予約3(文庫本2冊所蔵。2冊とも貸し出し中で)見込みの50番から、大きく外れたが、もともとこの数値は科学的なデータに基づいたものでもない。貸し出し中11冊は、まあ、結構読まれている方と感心する方もいよう。500番台で待つ我が身には、予約のこの数値では(飢えるがごとく早く読みたいなら、単行本にすれば予約は実質0となる)あまりに落差が大きい。文学の享受のあり方が従来とずれてきているような、まあこんなものだったか。直近の「海辺のカフカ」ではなく、もっと初期のものから読まれ出しているのだろうか(それなら本物だ)。  

「日本はいい国、世界一」

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 7月 3日(土)00時25分37秒
返信・引用 編集済
   きょう、読売新聞朝刊に、「患者細胞で心筋再生」という記事がトップに載っていた。心筋梗塞などで、不全になった心筋を、幹細胞を使って再生、患者は一月後に退院、ふつうの生活に戻ったという。足の付け根からカテーテルを入れて心臓まで届ける(これは小生も二年前やった)、そこで、心筋の組織片を役15ミリグラム採取、それを1月あまりかけて培養、四〇〇〇〇倍にして、壊死が進んだ患者の左心室に注射、組織を復活、成長させるという画期的なものだ(京都府立医科大学)。

 すごいことである。心筋梗塞といえば、即「死」のイメージがあったものを、最近は、外部からカテーテルをいれて、冠状動脈を風船で広げたり、あるいは石灰化したものは、ローターで内部から削り取る(削り片は微細なものなので、そのまま血中にながしてしまう)。そういうことはいま普通に行われている(最近は足の付け根でなく、手から入れるそうだ。より心臓に近い)。

 何よりも、幹細胞を使って、壊死した部分を再生させた、というところがすごい。これから全国で患者40人を順々にこの療法をおこなっていくという。従来は人工心臓とか、心臓移植とかいっていたものを、自分のもので再生できればこれにこしたことはない。


 さて、「読売」のその記事の左中には、「おかえり 16強戦士」とあった。いうまでもなく、W杯の選手たちの出迎え記事だ。なんというやさしい国民性(いや正しくはマスコミの気分)。〝16強〟に残っただけで、これだけの待遇だ。ななんと優しい。相手は南米・パラグアイだった。これもデンマークくらいの人口だ(550万)。1億2700万の国が相手するには弱すぎる(と当方も)思っていた。若者たちがいうように、3:1くらいで勝つだろうとふつうに思っていた(今度の選手たちは、世代が変わり強そうに見えた)。関心のない小生も、パソコンでときたま、試合状況を見ていた。しかし深夜になっても「0:0」だった。そして翌日ニュースを見ると、PK?で負け。ああ、どうしたことか、こんなものか、と思った。でも当日のマスコミや若者(サポーターたち)は、涙は見せたものの、選手たちに優しかった。次回(4年後)はがんばるぞ、という感じだ。これがパラグアイの国だったらどうだろう。負けた選手に怒りの鉄拳だろうか(失礼!そんな国柄ではなかろう)。しかし、当方は、負けてよかった、と前から思っていたが(他に、見聞きすべきことはあるから)、逆に、こういう〝国民性〟なら、それはそれいいのではないか、と思えてきた。

 熱する時は熱する、勝ったらそれは勝利の美酒に酔う(WBCのときのように)。負けたらさっぱりとして選手を慰安する。


 先日、パク・ヨンハのことを書いたが、韓国人はよく激する国民性だといわれる。喜びも悲しみも精いっぱい、からだ全体でひょうげんするのであろう(だいぶ前、大韓航空機が爆破されたときの、遺族の悲しみはいまも印象的だ)。

 韓国もW杯は負けたが、選手たちはどう迎えられたのだろう。


 主題に戻ると、日本は、この国の文化・伝統、そして国民性は、かえりみて、いいものだと思う。平和で、豊かで、みんな平等で、お互いを認め合える国(最近、そうでない部分もないではないが)、全国何処行っても、人情が通じそうな国(少なくとも盗難や傷害に合うよりも確率が高かろう)。


 最近、われわれ同人は次号の特集に「夏目漱石」をやってみた。18の原稿が集まった。それがみないい。それはやはり、この漱石だからだろう。だが、こんな文豪を生んだ国、明治から今日まで、これほどの文学作品が出来た国である(「戦後文学」だって、精華である。ある文学の先生いわく、ベトナム戦争後に、あるいはイラク戦争後に、あるいはアフガン戦後に、かの国で、戦争と生活を思いつめた文学がどれほど出来るだろうか、と言っていた)。そう、〝戦後文学〟がうまれるには、戦争と、それを受け止める民族の文化的土壌がいるのだ。
 たとえば、韓国は、植民地解放後、どんな文学が生まれているのだろう。寡聞な当方は、李良枝「由煕」や、同じく在日の鷺沢萠「川べりの道」「葉桜の日などで知る限りでしかないが(しかし、この閨秀作家は二人ともこの世にいない。無念)。


 「日本はいい国、世界一」―このことばは、だいぶ前に、かの国、すなわち韓国の女性が言ったのをたまたま当方が見聞きしたものだ。彼女は「日本は嫌いだけど、世界で一番いい国」とうなずくように言っていた。実にその視点からいいえてるし、客観的にそのとおりだと思う(日本の若い人たちは、彼女の正直な、物言いをどう受け止めるか)。

 国土が分断されてない国、徴兵制のない国、武器輸出をしてない国、核兵器を持たない国、そして、人々が「自分の生き方」を鼓吹すれば、そこには必ず「生き方」が生まれる国、なのである。あらゆる手段・方法、技術、仲間(同胞)が待っている国。決して、村上龍や春樹がいうような「希望のない国」、「あの世」を考えざるをえない、ということはないのだ。

 いま当方は、i-podが回復して、「朧月夜」や「夏の思い出」「みかんの花咲く丘」などを聴きながら、これを打っている。こういう抒情曲は、どんな国、だと生れるのか、それを考えることのできる国情は、しみじみいいと思うのである。

 話があっちこっちしたが、この「板」は一つの「ツイッタ―」(つぶやき)なので、ご了承願いたい。<(_ _)>(^_^;)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B7%BA%E6%B2%A2%E8%90%A0

 

パク・ヨンハ哀悼

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 7月 1日(木)00時51分3秒
返信・引用
   パク・ヨンハが亡くなった。自殺だという。悲しい。
 末期がんかなんかの父親の看病や芸能界でのこと、新規に立ち上げる事業など、ストレスが重層してのことだという。韓国は儒教の影響が強い国。父を病院から引き取って、自宅で看病するとは、まだ32歳の若い身、とてもたいへんなことである。また、最近華やかな女性アイドルもデビューする韓国芸能界だが、日本と違うのは、その浮き沈みが激しいことだ。昨日のスターが今日はそうでなくなる。その脅迫がおおきいとの指摘も(確かに、日本ではスターダムに上ると何年も何十年もいける。〝スマップ〟だって、デビューして何年か。韓国ではそうではないらしい)。
 さらに、パク・ヨンハも場合、「冬のソナタ」の日本でのヒットが、逆移入されて、韓国でスターとなったらしい。実際、日本人好みの哀愁とはにかみがあって、男からみても、惜しい俳優・歌手だった。

 韓国では、自殺は必ずしも少ないことではないらしい。でも、上にあげたような事情が背景にあるなら、改善するしかない。

 しかし、若い人の自殺は特にせつない。人間は弱い者だ。皆でカバーし合って、〝負担〟を少しでも減らす、日常的なシステムを構築しなければいけない。これは、むろん、日韓を超えた人、皆の問題だ。
(ちなみに、今年は1910年の「日韓併合」から百年。日本人の韓国人に対する優越意識、あるいは韓国人の劣等意識、これらは「政治」では拭えなかった。しかし、「冬のソナタ」という一編のドラマで、純愛の素晴らしさ、韓国(人)の魅力、を知った。ペン・ヨンジュン、チェ・ジュウとともに、パク・ヨンハの功績は大きい。心から、韓国をすごいと思わせたのは、サムソン電子でもヒュンダイでも、オリンピックでもない(それらもそうではあるが)。映画である、芸術であった。

  ↓ 「冬のソナタ」ベストNG集 無料動画(you  tube)

http://www.youtube.com/watch?v=yioSueqLUNA

 

パク・ヨンハ哀悼

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 7月 1日(木)00時40分27秒
返信・引用
   パク・ヨンハが亡くなった。自殺だという。悲しい。
 末期がんかなんかの父親の看病や芸能界でのこと、新規に立ち上げる事業など、ストレスが重層してのことだという。韓国は儒教の影響が強い国。父を病院から引き取って、自宅で看病するとは、まだ32歳の若い身、とてもたいへんなことである。また、最近華やかな女性アイドルもデビューする韓国芸能界だが、日本と違うのは、その浮き沈みが激しいことだ。昨日のスターが今日はそうでなくなる。その脅迫がおおきいとの指摘も(確かに、日本ではスターダムに上ると何年も何十年もいける。〝スマップ〟だって、デビューして何年か。韓国ではそうではないらしい)。
 さらに、パク・ヨンハも場合、「冬のソナタ」の日本でのヒットが、逆移入されて、韓国でスターとなったらしい。実際、日本人好みの哀愁とはにかみがあって、男からみても、惜しい俳優・歌手だった。

 韓国では、自殺は必ずしも少ないことではないらしい。でも、上にあげたような事情が背景にあるなら、改善するしかない。
 しかし、若い人の自殺は特にせつない。人間は弱い者だ。皆でカバーし合って、〝負担〟を少しでも減らす、日常的なシステムを構築しなければいけない。これは、むろん、日韓を超えた人、皆の問題だ。
(ちなみに、今年は1910年の「日韓併合」から百年。日本人の韓国人に対する優越意識、あるいは韓国人の劣等意識、これらは「政治」では拭えなかった。しかし、「冬のソナタ」という一編のドラマで、純愛の素晴らしさ、韓国(人)の魅力、を知った。ペン・ヨンジュン、チェ・ジュウとともに、パク・ヨンハの功績は大きい。心から、韓国をすごいと思わせたのは、サムソン電子でもヒュンダイでも、オリンピックでもない(それらもそうではあるが)。映画である、芸術であった。

  ↓ 「冬のソナタ」無料動画(you  tube 下の方)

http://dramato.blog98.fc2.com/blog-category-352.html

 

サッカ―よりも大事なこと

 投稿者:管理人  投稿日:2010年 6月28日(月)02時59分1秒
返信・引用
   先日、同人仲間都合6人で最終校正を終えた。この仲間はこの3、4年いつも一緒だ。校正や発送のときだけでなく、一緒に音楽会に行ったこともあるし、美術館に誘い合ったこともある。ドライブに行ったり、軽井沢で落ちあったりもした。要するに心からの信頼、敬意があるのである。

 ほんとに、この人たちが中核にいてこそ、この雑誌が長く続き、かつ年刊から、年2回刊行になっても、先細りどころか、毎号充実して、このかんきているのだ。

 実際、今回の〝漱石〟特集は18本!の投稿だ。同人誌でほかにあるだろうか。他の同人もがんばっているが、この中核となる6人(自分も含めて)、は、内容のある(かつ長さもある)、実にいいものを書いている。
 ま、雑誌が刊行されたら、少し〝営業〟をやって、書店に行き渡るようにしたい。
 さらに、夏には、どこか行く企画もたてたい。ムリかな。


 さて、最近、同人の投稿をみて思ったことだが、本誌は年齢構成が富士山型、つまり、年配もいるが、若い人もいるということだ。そして、7合目以上の高さになる帯域に、40~50代の中核、いわば働き盛りがいるのだ。
 この同人らが最近、競うようにいい内容のものを書いている。


 当方は若い人に、以前期待してないところがあった。いわゆる〝新人類〟や、〝新々人類〟などは、ケータイに夢中で、およそ文学などと遠いところにいる、と思っていたのだ。
 だが、あにはからんや、そういう手合いばかりではないことが、本誌の投稿者をみて感じた。かれらは自分のテーマを持ってきつつある。皆相応に忙しいのに、頑張っている。


 人間は、羽目をはずしたり、ふざけたりするところはある。が、逆にあることを追い詰めていきたい、考えていきたい、というところもあるはずだ。
 漱石の言葉に、「あなたは真面目ですか?」というせりふがでてくるところがある。言うまでもなく、先生が、思い切ってこの青年になら、自分の思いを告白してもいいだろう、と長い手紙を書くのだが、その中で、言う(書いている)言葉だ(「こころ})。
 真面目、というのは、何も冗談をいわない、ふざけることをしない、という意味ではない。そんな狭い了見でつかっているのではない。おもい切り、のびのび、好き勝手もいいのだ。だが、生活のある一面では、soberでなけりゃやっていけない(だろう)、ということもあるのを思うのだ。

 先日、サッカー大会で日本がデンマークに勝ったということで、マスコミもこぞって、湧いているが、そんなことで熱狂するというのは、小生などにとってはおもしろくない。デンマークは人口が500万人程度だ。それに1億2千万以上の〝大国〟が勝っても、当たり前ではないか、と思ってしまう(ま、ブラジルなどに勝てばすごいが。あっちは、1億7千万人以上の人工大国だ)。(きょうもヨーロッパではドイツがイングランドに勝ったそうだが、ドイツは人口7千万以上の大国だ。ウェールズやスコットランドを除いたイングランドは、ひょっとして、ドイツの半分くらいかもしれない)。

 むろん、人口の問題ではない。もっと、大事なのは文化の問題、生き方の問題だ。
 下の投稿にもあったように、たかが〝玉蹴り〟なのだ。それに寝中出来ることが、一つにはたしかに、人類の遊びという観点から意味はあろう。だが、奇しくもあるブログで書かれていたように、地球全体がこの〝玉蹴り〟に夢中になるのは、どういうことか。オリンピックみたいな各種競技ではなく、一つの玉(ボール)相手なのだ。

 後進国の若者が熱中するのはわかる。サッカーでもなければ、身をたてる方途がない、貧乏国家なのだ(先日もアフリカの青年がその道で生きるために、ヨーロッパへ行く話をやっていた。むろん稼ぎがないその一家は、彼の〝出世〟を期待をもって、見送った。しかし、現実は厳しくて、なかなか一軍の選手になれない、見ず知らずの異郷、寂しさもつのって、なけないで帰国、とう話だ(だっけ?終わりまで見なかった)。

 後進国ならわかる。だが、先進国中の先進国(?)の我が国で、(それも野球や相撲ーいま問題の―があって)サッカ―など本来なじまないはずなのに、マスコミがやたら、そおうしたサポーターのうかれたところをトップニュースとして扱うのだから、情けない。
 そうだろう、南アフリカという日本とはあらゆる意味で対照的な国で行われるゲームに、そうした社会問題を抜きにして、浮かれる、なんてどうしてそんな気分になれるのか。「ニッポン万歳」、これほど浮かれた言葉はない。この国が、そんあところで、どうして国家発揚をせねばならないのか(「万葉集」「源氏物語」だけでも、大いに誇れるではないか。さらに明治国家の躍進も、誤りといえども、先の大戦で大和やゼロ戦を作った国だ。戦後も東京タワーや新幹線をつくり、ソニーやパナソニック、ホンダ、トヨタという大企業のある国だ。いまさら国家発揚もあるまい(この点いけば、いま民主党政権を盛んに悪口ざんまいの
〝チャンネル桜〟などのウヨクと、このサポーターは、根において同じだ、といえるだろう。
 要するに、考えるべき方向を誤っているのだ。喜ぶべき方途を間違えているのだ。

 このすばらしい、美しい国にっぽん、伝統文化のある日本、それは現にあるのだ。それは、異国発信の〝玉蹴り〟などに、目をいかせている大人がいけない、国や自治体、きぎょうがいけない、方向を誤ってている。

 前に、JRのきゃんぺーんでか、「ディスカバー・ジャパン」というのがあった。いまも、「そうだ、京都へ行こう」というJR西のキャッチコピーの宣伝がある(今年は、さしずめ、「そうだ、奈良へ行こう」だ)。
 そうした豊かな伝統・文化があるのに、なぜ、若者(バカ者)は、サッカ―やケータイなのか)。

 格差があって、老いも若きも厳しい人は厳しい。やはりTVでやっていたことだが、年寄りが、アパート代が高くて、食事もろくに食べられない話をしていた。サンマ、少し残ったのは、明日食べるためにとっておくー。こういう孤独老人をおいて、どこが先進国か。若者は、老人慰問せよ。また、老人に、春秋5万でもいいからやって、かれらに旅行をさせよ。人生の終わりに、家賃を払う代わりに、旅行をさせ、歯をきれいにさせ、周囲から敬意をもたれるよう、環境を整えよ。民主党政権は、んまずその一歩なのである。

 若者には責任はないのだ。自ら振り返れなわかるように、若い時は何も知らない。タバコを吸うのがかっこいいと思い、ギャンブルをやらなけりゃ大人でないと思い、そして、誰でもいいから異性と付き合わなけりゃ、人生、身ももたない、と考えさせる。
 全部、そんなのは間違いだ、好きにいきればいいのだ。好き、とは心からそう思えることだ。しかし、そおうした本質的なことぉさせないように、この国のシステムはなっていまった。残業はせねばならない、奇矯なことはしてはいけない(最近も、広島のマツダ工場で、アキバ事件が起こった)。しかし、自由を役冊するシステムがあるのだ。それを代えなけりゃいけないのに、大人は(官僚や、特にマスコミは)そう導くことはしなかった。

 デンマークに勝った時のNHKのニュースは観るも無残だった。若者迎合そのもの、「夜、寝られなくなっていましますね」-違う、!そんあことで、ヒトは寝られなくなるのではない!。

 しかし、私個人はいい仲間といて、本質的なkとが出来て幸せ、である。

 なぜ、もっと、同人誌は生き生きといられないか、ミュージックとかアーティスト、といったときに、若者に迎合するポップなものでなく、どうして、バッハとかモーツアルト、ショパンといわれないのだろうか。(ま、このへんはどうでもいいが)。

 勘違い、KY,とかいわれるが、大いに勘違いしているのは、どれがいまこの国にとって大事なのかが、読めない、マスコミ、官僚、政治家ではないか(これらの連中の、誰が、漱石に親しんでいるだろうか)。

http://www.ab.auone-net.jp/~gunkei-s/

 

「1Q84」読みたい③

 投稿者:IQ48  投稿日:2010年 6月19日(土)21時20分30秒
返信・引用
  図書館の予約番号が、前回573番から559番にアップ。1週間で14人が返却したことになる。いつトップに立てるか期待満々。ところでbook2は487番、book3は368番。これだと私は、book3から読まなければならないこととなり、前回大いに心戸惑った訳だが、ここでさらに疑問一つ。通常の感覚ならbook1を予約したらbook2、3もついでに予約するのではないか。だからbook2、3は1と同数かむしろ増えているはず。ところが逆に減っている。book3で約66㌫減はちょっと大きい。単純、短絡的に言えば、book1を読んだ半分以上の人がbook3を読もうとしていない(予約していない)計算になる。この数値をどう解釈するかは単純明快ではない。book1を読んだ人が、感激して図書館に予約して半年も待つなど耐えられなくて自分で購入した場合も大いに考えれれるからだ。
 そこでまた考えた。IQ48の頭で考えた。図書館の予約順位が559番という異様な数値に上り詰める作家なら、同じ作家の過去の作品も当然関心が高まるはず、読まれるはず。当然そうなる、そうであるべきというのはのは常識と思われた。それでとりあえず直近の「海辺のカフカ」の予約数を見てみた。さてどうであったか。
 

w杯の玉蹴りはどこがおもしろいか・

 投稿者:同人仲間  投稿日:2010年 6月14日(月)10時12分36秒
返信・引用
   しかしわれわれは、いい国に住んでいますねえ。今回の探査機「はやぶさ」の帰還は世界的な快挙といいますが、こんなことを成し遂げることが出来るのは、例えばいまワールドカップに熱中しているどの国ができうることでしょうか(だいたい、きょうはテレビ、どこの局もこのことで持ち切りで、「はやぶさ」の帰還をやっているのは、NHKなどわずかだった。小惑星探査をし、そこの石を試料として持ってくるなんて、すごいじゃないですか。人類史上の快挙と、ボール蹴りのどちらが有意義か、稀なことか。日本人ならわかるはずだが、なんで、ボール蹴りばかりしかやってないのだ。やはりテレビは大衆が見るものだな、インターネットでないと、やっていない。

 しかし、オリンピックなら分かるが、なぜワールドカップがそれ以上の人気なのだ。あれは危ないし、からだいっぱいでぶつかり合う、実に原始的なアクションだ。野球のような節度あるルールではない。とにかく、走る、走る、蹴る(下品!)、蛮族のスポーツではないか。またサポーターというのも品が悪い。顔に土人みたいな化粧をして、ほとんど陶酔状態で応援する。当然、違法な行為にも走ろう。
 そう、ようするに、陶酔なのだ、祝祭なのだ、祭りだから、「け」の時にあってはならないほど、はめをはずしを乱痴気騒ぎをやるのだ。だが小生はこのゲームは嫌いだ。結局、ナショナリズムのぶつけあい、衝突でしかない。だいたい、米国がサッカーに夢中か。北欧が夢中になっているか。文化の高い、他にやることのある国家・国民はこんなのに夢中にならないのだ。夢中になっているのは、ブラジルをはじめ南米とかアフリカとか、アジアでは北朝鮮だ。この国では数十年前に勝った際の選手がいまだに「英雄」扱いだ、と。実に「後進国」だと自ら、暴露しているではないか。

 しかし、負けるとそのために暴動が起こったり、負けた選手を国に返さないなどの、不〝品行〟はとても非道い。結局、あんなのは、知的劣等国の、おたけびでしかない。

 どうして、日本の品位ある放送局まで、あんなのを中継して、人類史上の「快挙」を中継しないのか。価値観の違いにがかっくりする(w杯、なんてどこが勝っても同じだ)。しかし、日本のマスコミや企業トップは若者に変に「迎合」し、こおういうもに「熱中」させるようにしむける。やれ「携帯」の新デザインだ、i-podだ、スマートフォンだ、i-padだ、といって、そういうもに群がるのも、若者らしいが、自由にパソコンなどを操れてればまだいい。ホームページも作れないで、くだらぬメールに終始するなら、本をよめ。
 京大の先生が書いたように、「ケータイを持ったサル」が近時の実態で、そういうのが、W杯にねっちゅうするのであろう。まともな若者は「介護」や「福祉」の勉強をしたりしているぞ。

 しかし、選挙はどこの政党が勝つかで、この国の将来がかかる(また、インタビューで、よくだれがやっても同じだ、というきいたふうなことを答える、おっちゃん、おばはんがいるか、無知をさらけ出しているにすぎない。
 こういった手合いは、まず、「読書」はしていない。タバコと酒を、浴びるほどのんで、その街にも無頓着なのだ。
 

「1Q84」読みたい②

 投稿者:IQ48  投稿日:2010年 6月11日(金)21時15分48秒
返信・引用
  「1Q84」読もうと、図書館に予約したのが1週間前。そのときの586番目が今日みたら573番目になっていた。成績がビリからいくらか上がったようで、昂揚し、そのうち必ずトップとなるのだとなにやら悲壮な気分になるのは、ひょっとして受験戦争の後遺症か。ところで気がついたことがある。book2は495番目、book3は376番目。ということは、私はbook3から逆に読まなければならないことになる。どうしよう。青豆だか天吾だか、どうせ私にはわけのわからないことが書いてあるのだろうから、逆から読んだら案外理解できるかもしらない。それも新しい試み。世界中で、こんな読みをする人、それで論文を書けたとしたらさて、世界広しといえど私ぐらいかな、とその気になりかけるが、さてどうしよう。  

群系25号 仮目次(6・11現在)

 投稿者:群系編集部  投稿日:2010年 6月11日(金)18時41分11秒
返信・引用 編集済
   「群系」25号は、14日(月曜)に最終原稿を印刷所に入稿の予定。出来たら、最終校正(三校)を編集部招集で、20日(日曜)にでもやりたいと思っています。
 総ページは220ページ前後で、刊行は7月中旬をめざします。
 いつものとおり、会員・同人にはお送りの予定ですが、ご希望の方は、編集部宛て、ご一報ください。→gunnkei@w8.dion.ne.jp
(本誌は、年二回、7月・12月に刊行しています。既刊号については、ホームページをごらんください)。


「群系」25号   目  次 (仮)          二〇一〇年  夏

   裏表紙・目次
《特集Ⅰ》 近代日本文学 その1 夏目漱石
「吾輩は猫である」のアルケオロジー
「坊っちゃん」―青春のテーゼ―
「草枕」 その美意識と非人情
「虞美人草」―藤尾の意味
「三四郎」
「それから」論  ―〝自然〟の諸相―
「彼岸過迄」 ―内面に向き合う語り―
「行人」―神経衰弱の苦しみと当時の女性―             下半分空き
「道草」論
「坑夫」~三つの楽しみ~
「硝子戸の中」
「夢十夜」
「永日小品」 (「モナリサ」)
「思い出す事など」 ―三十分の死の周辺
漱石と謡 雑感
漱石と大岡昇平
漱石の戦争観・天皇観・歴史観―「それから」「点頭録」を中心に―  下半分空き
漱石とヒロイック―「こころ」を中心に―
漱石年譜
 省 内田さんまでも・・・
 眼 現代の日本について
 顧 『なまり懐かし』
 言 弁護士会
特集《村上春樹『1Q84』を読む》
 現代の孤児たち
 BOOK3があるとは思わなかった
 物語の力とは何か
 一読者として
【書評】永島貴吉著『千住の庄三 捕り物控 菊花の約』―異色の捕り物帳  書籍広告
《論考》
野上彰 ―松本かつぢと藤本律子さんの絵本―         図版あり 下半分空き
抒情歌・童謡の鑑賞「七つの子」野口雨情作詞 本居長世作曲  図版あり
野口雨情の童謡選評論―初期の『金の船』を通して―
コミックスの現在 ―浦沢直樹について―           図版あり
管野須賀子の日露戦時小説―「みちのとも」掲載の三作品    図版あり
小林秀雄の片言隻句 ―慧眼の日本のアポロン―
歌舞伎座の伊藤桂一―昭和四十三年上演「おぼろ夜」の原作「朧夜」―
《音楽ノート》 川端康成『落葉』と宮城道雄の音楽
《読書ノート》近藤富江著『荷風と左団次――交情蜜のごとし』
《落語ノート》 私の落語遍歴
《映画ノート》「マイライフ、マイレージ」
《創作》
 義材と義澄(上)                          下半分空き
 H氏                                750字分空き
 春の風を背に受けて
 執筆者紹介
 既刊号紹介            24号・23号目次
 編集後記

 ↓ 群系ホームページ

http://www.ab.auone-net.jp/~gunkei-s/

 

「1Q84」読みたい

 投稿者:IQ48  投稿日:2010年 6月 3日(木)21時32分48秒
返信・引用
  群系掲示板を読んでて「1Q84」読みたくなった。さてbook3まで購入すべきか迷う。図書館で借りようと予約すると586番目であった。どのくらい待つのか、まあ数年先くらいかなと、計算してみる。図書借り出し期間は、通常二週間だが、10日で計算する。な、な、なんと16年。卒倒するほど驚ろいた。これほどのものならやはりすぐに購入すべきと傾いたところ、よくよく見ると、所蔵数が22冊あった。それで割ると、265日後。これなら待つか。実は「アンダーグランド」だったかと「海辺のカフカ」をちゃんと購入して読んだが、「アンダー」では、地底人が出てくるあたりからついて行けなくてしばらく放棄。高い金だして購入しtんだからと思い直して最後まで読み直す。そのころブックオフで「アンダー」の値段をみて怒り心頭。さて今回、すぐにも買うか、265日待つか、あと数ヶ月待って1冊分の値段で買ったほうがいいか。誰か教えて!  

少し、訂正。

 投稿者:同人A  投稿日:2010年 5月29日(土)02時51分49秒
返信・引用
   えー、先ほど、「振り込み」をネットで実行したところ、なんと「手数料」は0円、つまりただ、だった。なんだ、なかなかやるじゃないか、やる気になれば出来るのじゃないか、と少し見なおした。
 しかし、ネットでやると便利ですなあ。他のカードも、ネットにするかな。
 

せこい、いまどきの銀行

 投稿者:同人A  投稿日:2010年 5月29日(土)01時52分3秒
返信・引用
   きょう、銀行の送金しようと思い、CD機を操作していたら最後に420円も手数料が取られることがわかり、急きょ操作を中止した。5万円送るだけなのに高い、と思って電話で係員を出して、「ワンズダイレクト」(インターネット振り込み)では、いくら、ときいたら、105円だという。えー、せっかく銀行まで足運んで、融通したカネを送ろうと思ったのに、却ってバス代も払って、足が出てしまうところだった。

 だいたい「手数料」というが、人間(行員)には手数、かけてないじゃないか、と銀行のせこさ、を今更に思った。

 だいいち、ネットでも振り込み手数料がかかるのはおかしい。同じ銀行の支店に送るのだし、月々の電気料金やガス料金など振り落としには、格別手数料、とっていないではないか。こちらが「振り込む」という操作、いわば「手数」をかけているのだから、銀行側は、「御苦労さま」と、顧客を慰労するくらいの気持ちがあるべきであるのに、だ(入金でなく、出金する痛みもあるのだから、「お気持ち察します」「さぞ傷ましいお心でございましょう」「当行は、出金のお客様には気持ちばかりですが、一時金をお支払い申しあげております」-などサービスが期間限定でもあってしかるべきだ(盆・暮れのみのサービスなど)。

 だいたい、貸金業なんて、何も作ってないし、レストランや鉄道のようなサービスもない。当節、3時までに来店して、カネの出し入れをするなんてのは、一定以上の客でないとやらない。庶民は皆CDで済まし、機械相手なのである(夜中でも早朝でも機械は文句いわない。しかし、美人行員の「いらっしゃいませ」を最後に耳にしたのはいつの頃か)。

 いろいろな業界では諸慣行が改められているのに、銀行だけはあいかわらず旧態依然だ。デパートなんて、みろ、スーパーやコンビニに負けているから、いろいろな勝負に出ている(愚生は近頃、顧客にはほとんどならないから、どんなサービスかわからないが)。学校だって学生・生徒集めにお客様は神様扱いだし、マンション業者はそれこそ顧客第一、だ。

 それのなのに何だ、噂(報道)によると銀行では預金額3千万円(たしか、1千万ではなかった)以下の客は、客ではなく(〝ゴミ〟とはさすが言わなかったが)、それ以上の一部客だけで勝負しているそうな。するてーと、銀行は公共的実業でなく、ますます、獲物にたかるハイエナ、あるいは蠅、ですな。
 (ま、そんなふうに「見下して」も、快哉な気持ちにはならんけど)
 

同人の研究

 投稿者:管理人メール  投稿日:2010年 5月24日(月)13時54分3秒
返信・引用
   発売中の「国文学 解釈と鑑賞」2010年6月号の《特集:横光利一と川端康成》に、川端康成研究会の方を中心にご研究を寄せています。群系同人では、森晴雄氏、山田吉郎氏などがいます。
   ↓ 発行元の「ぎょうせい」の当該のホームページサイトです。

http://www.gyosei.co.jp/home/magazine/magazine_detail.html?gc=4100020-10-061

 

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